ねこぢるし亭~もふとら三昧

頭には、ねこの顔模様。FIPキャリア・FUS持ち虎之助&病気まみれで音楽好きな下僕との日常を、ホゲホゲ~っと。

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15年目の1/17に思う事

日を跨いでしまいましたが、15年前の今日1/17・・・阪神淡路大震災の起こった日。

この事をブログに綴ろうか綴るまいか、今日1日考えていました。

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その頃私は、ドクターストップがかかり、お勤めしていた福祉施設を、休職状態にありました。

なぜか15日~17日にかけて、1度寝付いても夜中に目が覚めて・・・の繰り返しで。

17日の2時頃には寝る事を諦めて、パックをしながらTVも電気も点けっぱなしで音楽テープの整理をのほほんとしていて・・・

2010-1-17-3.jpg

 

5時46分、ドン!と言う音と同時に電気が消え、何が起こったのかわからない激しい揺れ。

永遠に続くのじゃないかとさえ感じたその揺れの最中、部屋中の物が落ちてくるのが見える。

山崩れで生き埋めになるんだわ・・・パックしたままの顔で・・・などと思いながら(苦笑)。

やっと揺れが収まった時には恐怖のあまりに、完全に腰がくだけて立てない程。

弟の「みとら!大丈夫か?」の声で、ようやく返事ができ立つ事もできました。

当時3Fの部屋からは神戸の街を一望できたのですが、見ると全て闇に飲み込まれていました。

そこで初めて、とんでもない地震だった事を理解したのです。

2010-1-17-4.jpg

家の中はめちゃくちゃ、父が麻痺のある手と足から流血。

でも家は倒れなかったですし、家族みな生きていました。

余震の続く中、とにかく暖かくて動きやすい服と頑丈な靴を履いて、水の調達に!と車でコンビニへ。

並んでいるとレジでは、「こんなにみんな困っとうのに、何で店閉めなあかんのや!」とバイトくんが怒鳴っていました。

コンビニの本部からのお達しは、「店を閉めろ」だったようで。

2010-1-17-5.jpg

 結構、イヤなモノを見ました。

食料調達に行けば、高額だったり。

時間制限・人数制限があるのに、スーパーの幹部はコッソリ沢山の食料をもらえるのを見たり。

他府県から車で来た兄ちゃん達に、冷やかされたり、ナンパされたり。

2010-1-17-6.jpg

その一方で、キレイなモノもたくさんもらいました。

被災したとはいえ、家もあれば家族も生きている。

それでも父が麻痺があるからと、大きな揺れの後すぐに駆けつけてくれた、幼馴染のお父さん。

大阪から食料を持って来てくれた上に、水を汲みに行ってくれた、大学時代のサークルの仲間達。

三木から大量の食料と水を持って来てくれた、幼馴染のお兄ちゃんとおじさん。

奈良から「疲れた時には、甘いモノがいいんだよ」と、日持ちするお菓子を持って来てくれた従兄弟。

大量のおにぎりをリュックに入れて「出会った人に渡してんねん」と笑って、おにぎりをくれたお姉さん。

どんなに感謝した事か!

人のいろんな面を、あの震災を経験したからこそ、見れたのだと思います。

2010-1-17-7.jpg

その感謝する気持ちの片隅に、ずっとある別の感情。

それは・・・

あの日、明るくなり始めた頃からあちこちに火の手が上がり、お昼からは灰が降ってきて。

友達の安否が知りたくて、歩き回りました。

”○○に行きます。無事です。”と張り紙がしてある家もあれば、どこが家なのかわからない程、瓦礫の山になっていたり・・・

マンションが、完全に半分に崩れていたり。

避難所と思われる所を探して回るのに、見つけられなかったり。

かつての同僚のお母様が、亡くなった事を聞いたけれど、言葉が見つからなかったり。

また公衆電話の列で、パニック状態の外国人の女性を見たり。

2010-1-17-8.jpg

 

数日後、職場に行くための自転車調達に、船で大阪まで出て行きました。

自転車にろくに乗れないながら、神戸に向かうにつれ、煌びやかな大阪とは違い、どんどん瓦礫が増えてゆくさま。

つい先日までは、人が普通に暮らしていたにおい、それに混じった”死”のにおい。

その時は涙も出ないほどの衝撃を受け、長時間慣れない自転車を重い足取りで家路に向かいました。

2010-1-17-9.jpg

たくさんの人達が家を失い、家族を失い、”辛い”なんて言葉では軽く感じるほどの経験をされました。

私は幸いな事に、家もあれば家族もいる。

それでも感謝の言葉をいくら言っても足りないぐらい、いろんな人達に助けてもらいました。

なのに、あの時何もできなかった。

一番被害の酷かった地域ある職場にも、まともに行けなかった。

その負い目のようなものを感じていたから、毎年震災のニュースや映像が流れる度に、直視できなかった。

2010-1-17-10.jpg

”あの頃”は、自分には何かをできる力も、容量も何もなかったんだと。

最近、ようやく自分で勝手に作った負い目を、取っ払う事ができました。

2010-1-17-11.jpg

負い目を取っ払って、見えてきた事。

嬉しい事や悲しい事、いろんな事が生きていたらありますよね。

山もあれば谷もあって、平坦な道もあって。

喜びも、悲しみも、悩みも、怒りも、ぜ~んぶひっくるめて日常で、人生な訳で。

震災のあの一瞬で、全てが変わった方々が、どんなにいらっしゃった事か。

あの震災でなくとも、”当たり前”と思っていた日常が、どんでん返しになる事もある。

そこで初めて”当たり前じゃないんだ”と、気づかされるんだと思います。

 

あの震災から15年目の1/17。

朝起きてぬるま湯で顔を洗い、暖かい部屋の食卓を囲んで談笑しながらの食事。

乗ったバスからは電車が走る様子が見え、高速道路には車が行き交い、海には船が光っている。

友人と会って、いろんな話をして笑ったり、討論する事も。

日々継続して感謝の気持ちを持ち、何事も大切に思う事は、とても難しいのですが、

このありふれた日常こそ、感謝し大切なんだと思うのです。

 

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テーマ:今日の出来事 - ジャンル:日記

  1. 2010/01/18(月) 03:55:01|
  2. みとら
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:5
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コメント

たくさんの写真とともに、私もあの日をいっぱい思い出しました。
当たり前ではない穏やかな日々に感謝しながら
亡くなった友達を思い出したりもしました。
辛いこといっぱいあったはずなのに
こうして書いてくださって、それを読めて、よかったです。
  1. 2010/01/18(月) 08:22:08 |
  2. URL |
  3. mamico #-
  4. [ 編集]

思い出し始めると、聴覚や嗅覚レベルで記憶がよみがえってきて いまだにゾクッとします。
モロに被害にあったみとらさんならなおさらのこと、この日のことを書き記すのは辛かったと思います。
ありがとう。
そして、二度とこういう経験をしないで済みますように。

  1. 2010/01/18(月) 15:59:49 |
  2. URL |
  3. えーり #-
  4. [ 編集]

◆あゆさんへ

あゆさん、コメントありがとうございます。

> 阪神淡路大震災はやはりすさまじい出来事だったんですね。

すさまじい出来事でしたね、今はあの恐怖は薄れてしまっていますが。
今日も雑誌であの時の写真を見たのですが、やっぱし直視できなかったです。

> 遠くからですが、みとらさんにHugを送ります。

ありがとうございます!
温泉という恩恵がある反面、このような地震は避けられません。
天災は防げませんが、人災は防ぐことができますよね。
備えあれば、憂いナシですね。
  1. 2010/01/22(金) 00:05:52 |
  2. URL |
  3. みとら #-
  4. [ 編集]

◆えーりさんへ

コメントありがとうございます。

> 思い出し始めると、聴覚や嗅覚レベルで記憶がよみがえってきて いまだにゾクッとします。

えーりさんにとっても、かなりの影響のあるあの震災・・・

> モロに被害にあったみとらさんならなおさらのこと、この日のことを書き記すのは辛かった
>と思います。

思い出してもゾクっとはこないのですが、画像や映像を見るとダメですね。
やっぱし直視できないし、胸が苦しくなって涙がでてきます・・・
この日の事を記すのを躊躇したのは、あの時に何もできなかった自分が情けなくて。

> そして、二度とこういう経験をしないで済みますように。

本当に2度とあのような経験をしたくないですね。
せめて”備えあれば、憂いナシ”ですね。
  1. 2010/01/22(金) 00:14:16 |
  2. URL |
  3. みとら #-
  4. [ 編集]

◆mamicoさんへ

コメントありがとうございます。
本当ならあの時刻に、黙祷を捧げに行きたかったのですが
他事で遅くなってしまい、7時過ぎに訪れ黙祷を捧げました。

> 当たり前ではない穏やかな日々に感謝しながら
> 亡くなった友達を思い出したりもしました。

ご友人を亡くされたとは・・・一生忘れられない程の辛さ・悲しみがある事でしょう。。。
ご友人ができなかった夢、人生をmamicoさんが生き抜く事が一番の供養かなと想います。

> 辛いこといっぱいあったはずなのに

その時感じた辛い感情が薄れてゆくのは、生きてゆくためには必要だそうです。
薄れてゆく辛い感情の代わりに、感謝の気持ちや当たり前じゃない日常を
大切に生きてゆきたいですね。
  1. 2010/01/22(金) 00:16:39 |
  2. URL |
  3. みとら #-
  4. [ 編集]

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